大阪高等裁判所 昭和49年(く)17号 決定 1974年4月25日
主文
原決定中の保釈取消部分に対する抗告を棄却する。
原決定中保証金没取部分を取消す。
理由
本件抗告申立の趣旨および理由は、弁護人桐山剛作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。
本案事件記録によると、被告人は昭和四七年七月二六日前記窃盗被告事件につき大阪簡易裁判所に起訴されて勾留中、同年八月一六日同裁判所から、保証金を三〇万円と定め、住居を大阪市城東区西嶋野一丁目一八二番地新井清四郎方とする条件を付した保釈許可決定(以下本件保釈という)を受け、同日釈放されたこと、右被告事件はその後同年八月二三日、昭和四八年二月七日、同月二三日に順次追起訴された被告人に対する各窃盗被告事件と併合され、大阪地方裁判所において審理されていたところ、被告人はその後同年八月三〇日の公判期日には出頭しなかったこと、そして同月三一日大阪地方検察庁検察官から大阪地方裁判所裁判官に対し、被告人に刑事訴訟法九六条一項二号、五号の事由があるとして本件保釈の取消が請求され、その疎明資料として、同月二二日付警視庁上野警察署長から大阪地方検察庁検察官あての、被告人は同月七日窃盗被疑者として逃走先の京都市内において通常逮捕され引続き同事件の捜査ならびに取調べを要するため大阪地方裁判所における同月三〇日の公判期日には出頭させられない旨の連絡文書および同月二七日付被告人に対する窃盗被告事件起訴状謄本が提出されたこと、これに対し大阪地方裁判所裁判官小瀬保郎が同年九月五日、被告人は「逃亡しまたは逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」および「住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき」にあたると認めて、本件保釈を取消し、かつ、保証金三〇万円を没取する旨の原決定をなしたことが明らかである。
そこで、所論にかんがみ原決定の当否について検討するに、≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。
被告人は、本件保釈により昭和四七年八月一六日釈放されたが、同日別件で逮捕、引続き勾留され、同年一〇月七日その勾留が取消されてようやく制限住居に帰住した。そして、あいりん労働公共職業安定所から日雇労働被保険者手帳の交付を受けて、同日中旬ごろから京都府宇治市の木村良一に雇用され日雇人夫として一か月のうち二〇日ないし二五日くらい稼働していた。しかし、その稼働の場所が宇治市および京都府などであったため木村方の飯場に宿泊することが多かった。また本件保釈後、顔面神経痛のため制限住居近くの病院に通院していたが、治療設備が十分でなかったので、昭和四八年一月からは友人の吉本新市の紹介で京都市下京区西七条南衣田町八六明石病院に週一、二回通院治療を受けることになり、そのため同市南区吉祥院西ノ荘東屋敷三七の右吉本方にも宿泊していた。このような生活をしていたところ、同年七月ごろから顔面神経痛がひどくなったため働きに出ない日が多くなり、同年八月に入ってからは吉本方に宿泊し、もっぱら明石病院に通院していた。
被告人は、右のように制限住居を留守にしがちであったが、その間制限住居の新井方には連絡をして居所を明らかにしており、また長くても一週間ないし二週間以内には制限住居に帰っていた。そのため、前記大阪地方裁判所における事件の審理に支障を生ぜしめたことはなかった。現に、昭和四八年二月一二日には同裁判所同月八日発送の書類を大阪城東郵便局で、同月二〇日には同裁判所そのころ発送の書類を制限住居で、同年三月三日には同裁判所同年二月二四日発送の書類を同郵便局で、いずれも本人が送達を受けており、同裁判所の書類の送達を不能ならしめたことはなかった。そして、大阪地方裁判所における同年三月一五日(第一回)、同年五月一二日(第二回)、同年六月一四日(第三回)の各公判期日にはいずれも出頭した。
ところが、被告人は、昭和四七年一一月一二日、昭和四八年一月六日、同年五月二四日、同年六月二七日、同年七月四日、同月二二日の六回にわたりいずれも東京都内において共犯者らと(うち一回だけ単独で)深夜他人の店舗に忍び込み、洋服生地、時計、呉服などを多数窃取する犯行を重ねたが、これら犯行のためその都度共犯者らとわざわざ東京へ出掛け、犯行後すぐ大阪の方へ引返していた。さらに、同年八月三日にも神戸市内において単独で他人の店舗内で漢方薬などを窃取した。
そして、被告人は、右昭和四八年六月二七日の窃盗の被疑事件につき、同年七月二六日発付の逮捕状により同年八月七日前記明石病院において逮捕され、引続き東京において勾留されたため、大阪地方裁判所における前記事件の同月三〇日の第四回公判期日に出頭できなかった。
なお、被告人は、右勾留中、前記東京、神戸における七件の窃盗につき、四回にわたって台東簡易裁判所に起訴され、これら被告事件をいずれも同年一二月一三日大阪地方裁判所の前記事件に併合された。
以上の事実を本件保釈の取消事由に関する事実として認めることができる。そこで、右認定事実により考えるに、被告人は制限住居を留守にしがちであったが、その間の事情に徴すると、なお制限住居を生活の本拠としていたと認めることができ、被告人が本件保釈の条件である住居の制限に違反し、刑事訴訟法九六条一項五号にあたるとまでは認めることができない。そして、被告人が逃亡したことも認められない。しかし、前記認定の本件保釈後における被告人の生活状態、生活態度ことにしばしば窃盗犯仲間らと東京にまで出掛けて窃盗の犯行を重ねていることにかんがみると、被告人の逃亡のおそれは本件保釈当時におけるよりもかなり増強され、本件保釈の保釈金をもっては被告人の出頭を保証することができなくなったと認めなければならない。したがって、被告人には刑事訴訟法九六条一項二号の保釈取消事由があり、原決定が本件保釈を取消したことは結局正当であるというべきである。しかしながら、本件保釈取消の事由が、被告人が逃亡したことあるいは住居の制限に違反したことにあるのではなく、前記認定のように逃亡のおそれの増強というにすぎないことに照らすと、本件保釈の保証金を没取するほどの事由はないと考えられるので、原決定が保証金三〇万円を没取したことは不当であるといわざるを得ない。
よって、原決定中の保釈取消部分に対する抗告は理由がないから刑事訴訟法四二六条一項により棄却し、原決定中の保証金没取部分に対する抗告は理由があるから、同条二項により右部分を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 萩原寿雄 野間洋之助)